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協栄金属工業株式会社
(島根県雲南市)
小林さん(製造部長)、小山さん、小林さん(総務部長) 協栄金属工業は1972年(昭和47年)設立。精密薄物板金加工やパイプ加工、組立、自社製品の製造販売などを行っている。
協栄金属工業の社員数は82名(2021年11月1日現在)。
今回は、代表取締役社長の小山久紀さん、製造部長の小林大治さん、総務部長の小林由利子さんからお話を伺った。
赤字体質で、毎月、社員の退職が引っ切り無しに続くという苦境を打開するために、健康経営や障害者雇用に取り組んだところ、それが社員の変化をもたらし、好業績の継続と離職率の低減につながっている
まず、メンタルヘルス対策を含む健康経営の取り組みをはじめたきっかけについて、小山さんを中心にお話を伺った。
「当社はもともと、過疎地域の雇用を守るためにできた会社です。1972年の設立以来、当初は順調に業績を伸ばしてきました。しかし、バブル経済崩壊後、売上が増えても利益が伴わない状況が20年以上続き、その後2008年のリーマンショックで売上が一気に減り、大赤字が続くという厳しい状況になりました。全社員対象の15%の賃金カットや30名の大量解雇も行いました。また、長期入院を伴う労働災害が3年連続で起こり、救急車が頻繁に工場へ来ていました。もちろん現場からの不満も多く、社員の顔から笑顔が消え、下を向いて歩くような状態でした。」
「このような状況の中、2010年に私(小山さん)が社長に就任しました。まず会社を再建するために、管理職を集めて、当社のあるべき姿、ありたい姿について、納得するまで徹底的に話し合いました。そして、『良いと思ったことはとにかくすぐにやってみる』、『お金の心配はするな、すべての責任は私が取る』ということで様々な改善活動をはじめました。大幅な工場のレイアウト変更や3S活動、徹底したムダ取り。いろいろな展示会や商談会に参加したりと新しいことにも取り組み、取引先の幅も広がりました。」
「その後、業績は少しずつ回復したのですが、社員の退職は止まりませんでした。2010年からの3年間で30名採用しましたが39名が退職。入っては辞め、入っては辞め、という状況が続いていました。最初は『会社が赤字だから辞めるのだろう』と思っていました。しかしながら、ようやく会社が黒字経営になって、社員にボーナスが払えるようになってからも、社員の退職は続きました。一体何が不満なのか知りたく、私(小山さん)は社員と直接面談をしたのですが、そこでは何も話してはくれませんでした。そこで経営者である私ではなく、社内相談窓口の担当社員が面談を行ったところ、とても多くの意見が出てきました。それらに対して、真剣に一つ一つ対策を打っていきました。そして2013年以降、定年や病気、家族の介護などによるやむを得ない退職を除いた“転職的離職率”は大幅に下がりました。また、2013年度には過去最高黒字を更新し、以降も好業績を継続しています。」
「離職率が下がり、業績が好調を維持できている理由の一つは、障害者雇用だと考えています。当社の障害者雇用率は7.89%と雲南市でダントツの1位、障害者の職場実習も市内で一番多く受け入れています。ちなみに障害者雇用率が2%を越えた頃から継続して黒字になっています。」
「とは言いながらも、そもそも当初は障害者雇用を積極的に行おうと思ってはじめたわけではありませんでした。“とにかく働いてくれる人が欲しかった”のです。リーマンショック後、会社は徐々に忙しくなる中で、社員が退職した補充をするため、ハローワークに募集を出しました。しかし、山奥の過疎地域にある当社には全く応募が無く、人手不足による長時間労働が続くようになり、労災事故も度々起こるようになりました。そのような時に、たまたま近隣の障害者施設から、障害者の職場実習を受け入れてほしいと依頼がありました。“人手不足が解消できる”、ただそれだけのために職場実習の受け入れをはじめました。しかしながら、実際に実習をすると、障害者の方はとても真面目で、教えたことを完璧に行っていました。たとえば、通常ではすぐに飽きてしまうような大量にある単純作業でも、障害のある方に頼むと“楽しい、おもしろい、やりがいがある”と言ってくれるんです。そうすると、教える側も嬉しくなります。」
「もちろん障害のある社員に対する配慮もしています。口頭だけで説明するのではなく、視覚でもわかるように表示を工夫したり、治具(部品の加工位置などを正確に定めるための補助具)を作ったりしています。たとえば、16個ずつ箱に入れる作業があった時に、“16個”数えることができない知的障害の社員を『なぜ間違えたのか』と怒っても仕方ありません。そこで、数えなくてもいい治具を作り、16個の部品をそこに埋めるだけでよい作業に変えました。たったそれだけのことで不良率が大幅に下がります。その他にも『能力に見合った仕事をしていただくこと』、『体調に合わせた勤務時間にすること』、『絶対に孤立させないこと』は徹底しています。特に『絶対に孤立させないこと』に関しては、入社して3か月くらい経って職場に慣れるまでは、トイレに行く時以外、絶対に独りぼっちにしないよう、みんなで心がけています。」
「障害者雇用をはじめてから、社員は面倒見がよくなり、優しくなりました。最初は反発もありました。でも、ミスが多いからと言って障害のある社員を辞めさせたとしても、代わりの人は見つからないので、結局は人手不足で自分たちが大変になるだけです。それならば、社員がいろいろと工夫して、ミスが起こらないような指導方法や仕組みにしようということになりました。障害者雇用は、弱者救済や社会貢献のためにやっているわけではありません。障害のある社員がもし明日全員休んだら、当社の生産ラインは完全にストップしてしまいます。障害のある社員は当社の強力な戦力です。」
「また、当社に入社する者の多くは高卒です。今の時代は進学する者が多い中、高卒で就職する者の中には、勉強が苦手だったり、家庭が経済的に恵まれていなかったりする者が多くいます。入社してすぐに、“こんなこともわからないのか”と思う社員でも育てていかなければなりません。そのため、障害者への取り組みを、新卒社員へも水平展開しました。みんなで寄り添い、つきっきりで指導するようにしたところ、新卒社員の離職率も大幅に低下し、成長スピードが格段に上がりました。」
「これまで当社が健康経営に取り組んだのは、きれいごととして行ったことではありませんでした。近年、私(小山さん)は、年20回以上当社の取り組みについて講演しています。“うちには健康経営をする余裕はない”と言われることもありますが、健康経営は会社の業績をアップさせるためのものです。私たちは会社倒産の危機から生き残るために取り組んだのです。“協栄さんは優秀な社員さんが多いからできるんですよ”と言われることもあります。でも、もしかしたら、当社の社員は他の会社にいったら優秀ではないのかもしれません。“優秀な社員”の指標が学歴なのだとしたら、当社の社員の多くは高卒者です。全役職者の69%が高卒者です。前職でうつ病を発症して退職し、その後当社に入社して管理職になった社員も複数います。障害のある社員もたくさんいます。人と話すことが苦手で、あいさつすらまともにできない寡黙な社員も大勢います。ただ、絶対的に言えることは、“優秀”という言葉の定義が“優しさに秀でている”ということであれば、間違いなく当社の社員は日本一優秀な社員ばかりです。高学歴で勉強が“できる社員”ではなく、当社の企業風土に“合う社員”が、優秀な社員ではないかと私は考えています。」
ストレスチェックの結果を踏まえて、遮熱塗装を行うなど設備投資を行ったことで職場環境が改善され、高ストレス者も減少している
次に、メンタルヘルス対策の取り組みについて、小山さんを中心にお話を伺った。
「ストレスチェックは毎年実施しています。2017年度の高ストレス者の割合は20.0%と高水準でした。そこで、当社のストレス要因について分析したところ、“身体的負担”(からだを大変よく使う仕事だ)と“職場環境”(私の職場の作業環境 騒音、照明、温度、換気など はよくない)が高ストレスとなっている要因として大きいことがわかりました。そこで、少しでも働く環境を良くしようと設備投資しました。」
「たとえば、暑さ対策として、工場棟と事務棟の屋根と外壁に、5か年計画で遮熱塗料を塗装しました。サーモグラフィーで比較すると、作業環境の暑さが全然違うことがわかります(【写真1参照】)。また、工場内には水銀灯が103基あったのですが、水銀灯は小型の電気ストーブと同じくらいの熱量を発しますので、せっかく遮熱しても水銀灯があることで効果が半減してしまいます。そこで、すべての水銀灯をLED灯に交換しました。その結果、暑さが改善しただけでなく、工場内がとても明るくなりました。その他、工場棟に冷暖房設備を導入したり、休憩室をきれいにしたり、様々な作業環境改善に取り組みました(【写真2参照】)。」
【写真1】サーモグラフィーカメラによる違い(左が塗装前、右が塗装後)
【写真2】LED灯への交換と冷暖房設備を導入
「その結果、高ストレス者の割合は、2019年度は12.0%、2020年度は6.2%と、年々減少しています。忙しい時期はどうしても高ストレスになりがちですし、家庭環境の影響で高ストレスになることもあるので、高ストレス者をゼロにすることはなかなか難しいのですが、仕事が原因で高ストレスになることは可能な限り減らしたいと考え、取り組んでいます。」
「また、社内にメンタルヘルス相談窓口とハラスメント相談窓口を設置しています。相談対応は、総務部長の小林さんが主に行っています。当社の社員は寡黙な者が多く、人と接したり、自分の気持ちを表現したりすることがあまり得意ではありません。そのため、本人が何を考えているのか、できるだけじっくり聞き取ってもらうようにしています。そのような対応は総務部長が上手で、プライベートな相談から職場での人間関係まで、なんでも気楽に話せる存在になっています。ハラスメントの問題があればもちろんしっかり対処しますが、人間関係の問題の多くは性格の不一致に関するもので、どちらかが一方的に悪いということではない印象があります。そうしたとき、総務部長が他の部長と相談して班を変えるなどの対応をすぐに行うことで、みんなが仕事をしやすくなるように配慮しています。」
「また、全体朝礼では、個人の給料金額以外の当社に関する経理情報を全社員にすべて公開しています。毎月末に締めた結果を、翌月1日に発表しています。そうすることで、自分たちが実際行った業務や改善活動が会社の数字にどのように反映されているのかわかりますし、今後、会社がどのような方向に向かっているのかもわかります。このような取り組みも、社員の不安が減っている要因の一つなのではないかと考えています。」
「社外から工場見学やメディアの取材を受けた時も、“こういうお客様が当社にいらっしゃいました”と全体朝礼ですべて発表しています。見学や取材は、社員のモチベーション向上につながっているので、多く受けるようにしています。結果として、社員発案の3S活動が活発になりました。実は、当初、私(小山さん)から、会社を変えるために3S活動をはじめよう、と社員に呼び掛けたのですが、忙しいからと言って相手にされませんでした。しかしながら、見学や取材を多く受けることで、社内をきれいにしようという気持ちが社員自身に芽生え、自然と3S活動の取り組みにつながりました。今では、朝早く出社して清掃したり、工場内の草とりをしたり、毎日10分間程度の3S活動をしたりしています。このような流れで生産性も上がりました」
「改革のやり方は会社によって様々だと思いますが、やるのは“人”です。その“人”のモチベーションが上がる環境を作るのが経営者の仕事ではないかと思っています。」
【ポイント】
- ①赤字体質で、毎月、社員の退職が引っ切り無しに続くという苦境を打開するために、健康経営や障害者雇用に取り組んだところ、それが社員の変化をもたらし、好業績の継続と離職率の低減につながっている。
- ②ストレスチェックの結果を踏まえて、遮熱塗装を行うなど設備投資を行ったことで職場環境が改善され、高ストレス者も減少している。
【取材協力】協栄金属工業株式会社
(2022年1月掲載)
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